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ロシア革命の貨幣史  (シベリア異聞)
シベリア・極東の通貨事情、1919年春 〔図版〕

 

 

シベリア紙幣 (オムスク)

 

シベリアにおける紙幣の発行は、1918年10月までは各地のソヴェト政権によって行われていたが、シベリアの政権が コルチャーク 政府に移ると共に、オムスクが紙幣発行の中心地となり、反革命政権の財源として重要な役割を果たした新しい様式の紙幣がシベリア全域に供給され、同時にシベリアにおける通貨の統一が積極的に図られた。 しかし、オムスクの紙幣発行能力が小さかったため、財政上および通貨飢饉の緩和を目的とする地方通貨が再び発行されるようになった。

 


 

オムスクでの紙幣発行は臨時シベリア政府および全ロシア臨時政府 (コルチャーク政府) によって、1918年10月より1920年1月5日の期間に行われており、次の数種類の紙幣が発行された。 臨時シベリア政府によって発行された紙幣は、コルチャーク政府のもとでも引き続き流通されており、 これらの紙幣は 「シベリア紙幣」 と呼ばれ、シベリアの広範囲な地域で流通していた。

5%短期シベリア国庫債券 (額面 500、1,000、5,000ルーブル)

5%短期国庫債券 (額面 100、500、1,000、5,000ルーブル)

短期国庫債券 (額面 25、50、100、250ルーブル)

臨時シベリア政府国庫紙幣 (額面 1、3、5、10、300ルーブル)

1917年様式4 1/2% 割増金付国内債券 (額面 200ルーブル)
および債券利札 (4ルーブル50コペイカ)

 


 

5%短期国庫債券

シベリア紙幣 (5%短期国庫債券 5,000ルーブル券)
5,000ルーブル債券 (216×120 mm) ※ 紙幣として流通した。

臨時シベリア政府国庫紙幣

シベリア紙幣 (臨時シベリア政府 1ルーブル国庫紙幣)     シベリア紙幣 (全ロシア臨時政府 300ルーブル国庫紙幣)
1ルーブル紙幣 (121×75 mm) および 300ルーブル紙幣 (122×76 mm)

 


 

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1917年様式4 1/2% 割増金付国内債券および債券利札 (1919年)

十月革命以前に臨時政府の注文によって、アメリカン・バンクノート社で印刷された。 この債券は臨時政府のもとでは発行されず、オムスク政府によって、回収されるケレンスキー紙幣との交換用として、1919年に発行された。

1917年様式4 1/2% 割増金付国内債券 (額面 200ルーブル債券)
および債券利札 (額面4ルーブル50コペイカ札)

200ルーブル割増金付国内債券 (197×193 mm) および 債券利札 (65×43 mm)
シベリア紙幣 (4 1/2% 割増金付国内債券 200ルーブル券)     シベリア紙幣 (債券利札 4ルーブル50コペイカ利札)

 


 

オムスク政府の崩壊と共に 「シベリア紙幣」 の発行はイルクーツクに移された。 1920年1月5日より25日まではイルクーツク政府によって、さらに、1月26日より2月17日まではイルクーツク軍事革命委員会 (レフコム) によって行われたが、これらの 「シベリア紙幣」 は、1920年2月18日付のイルクーツク軍事革命委員会布告によって廃棄された。 その後まもなくイルクーツク県財務課より、未だ利用されていない割増金付国内債券および債券利札に、「全国的ソヴェトの紙幣として発行される」 旨を表記して発行された。 これらの表記のある割増金付国内債券および債券利札は 「ナドペチャトキ (加刷されたものの意)」 または 「レフコム紙幣」 と呼ばれている。

200ルーブル割増金付国内債券 および 債券利札 (ナドペチャトキ)
シベリア紙幣 (割増金付国内債券 200ルーブル券
「ナドペチャトキ」)     シベリア紙幣 (債券利札 4ルーブル50コペイカ利札
「ナドペチャトキ」)

 

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